外部記憶装置

増田貴久くんについていろいろ考えたり思ったり忘れたくなかったりすることを書いておくとこです。

フレンド 10月7日

この日思った事と見た事を思ったまま書きます。シーンの順番は無視。

間近にいる、ますだくんであるはずの人を見ながらこれは誰だ?と思っていた。

笑って泣いてないて、酷く泣いてしまった。

この日は私の経験でありえないほどの近さで芝居を見た。あまり近いので流石にますだくんそのものを見てしまうのではないかと思っていたがほとんど杞憂だった。たまに、肌の下の血管の青さや、右のもみあげの近くにあったぽつんと赤い箇所や、額や鼻の汗の光を、頭の隅で感じていた程度だ。彼は、増田貴久ではなかった。増田貴久の片鱗が見えたのは、我が祈りのときに見せた少しかわいらしい仕草ぐらいだろうか…。

近いということはよく見えるということなんだなと。あらゆるものが、細かい表情が、仕草が、セットの丁寧さや、出演者たちのセリフのないところの演技、小さなアドリブ。

あんな表情をしていたんだ。臨場感が、凄かった。

冒頭。酔った中也を抱えて、大股で支えながら、周りに謝りながら歩く、あの男の人。はぁやれやれとフレンドで一息つき、いやぁ大変だったよと秋ちゃんに出来事を話す。汚れてますよと言われ見るとスラックスの右太もものあたり色がかわっていて、汚れを叩くように払うその仕草。誰、このひと。関わると面倒そうな泥酔した男と、それをいやぁこのひとしょうがないんですよ許してくださいね僕の友達なんですがね、という風情の男。

「成城のお坊ちゃん達」3人と中也とで同人誌についてああだこうだと一番コミカルなシーン。みんなが来る前に策略を練る喜さんはまだ若くてかわいくてはしゃいでいる学生。4人1列に並んで、居心地が悪い中也をなだめ納め、でも両側で激しい言葉の応酬がはじまるのを口をへの字にして難しい顔してきいてる喜さん。どんぶりに水が張ってあったのが功を奏したってんで用意していたそれを、いよいよマズい雲行きになった時にすかさずていちゃんが中さんの目の前に置き、「なんだこれは!」と水ぶっかけられてしまう、ていちゃん。

ああそういえばこの場面冒頭で、ていちゃんと秋ちゃんに演技させ、これからあるであろう乱闘に備えシミュレーションしてるあのコメディっぽさはとても増田君だった。けど喜さんだった。

 中さんのため皆のために沢山考えてセッティングしたのに、なにもかも駄目で、ぐちゃぐちゃで、秋ちゃんは怒られてしまう。 ていちゃんの優しい言葉で涙決壊しちゃう喜さん。うまくいかない、ね。あったかくて熱くて、まだ遊びがある時代。

喜さんの幼なじみのていちゃんや寿司屋で雷嫌いの兄さんと中さんの乱闘シーンで、相手リアクションに思わず演技しながら少し笑ってしまう中さん。それに誘われてステージの上の人も下の人もクスクスちょっとした笑いがあって、ああこれが舞台だなあ! 生き物だなぁ!って思った。こういうのが舞台の熱をあげていく。

フレンドに集う人達、セリフがない場面での演技も楽しくてじっとみてしまう。小さな声でこそこそと何かしゃべっていたり。

あんなに、あんなに泣いて秋ちゃんは大丈夫なんだろうかと思った。舞台の中盤でもう鼻を赤くして泣いて泣いて。でもふと見たら、中也は顔中涙だらけにして叫んでる。えっ。もうここでこんなに顔をぐしゃぐしゃにしてるのか。なんだこれは。

あちこちでキャストそれぞれがそれぞれの場所で涙まじりに演技してる。

誰かが引金なのか、お互いがお互いの演技に呼応してどんどん役に時代に「入って」いく。その熱が観客に伝わり空間が昭和のはじめの新宿になる。

お神輿担ぐ兄さんたちが志願兵として戦場に行くという時の喜さんの苦痛の表情。幼なじみとの別れ。小さいグローブ。涙を堪えての、セリフ。

涙をためて我慢して言葉を発する。あとでカウンターに向かった際にそっと鼻のあたりを指で拭っていた、喜さん。

成城のお坊ちゃん3人衆。いつもああだこうだと理想を言い、嘆き、励まし。このときだけ喜さんは中さんに対するときのかわいらしさや秋ちゃんに対するそっと優しい感じが引っ込んで、言葉も少し強くぶっきらぼう、少し激しく、言いたいことをはっきり言う。気が置けない仲なんだなって思う。そう思うような、その違いを見せる増田くんの演技。自然とそうなるんだろうか?

そんな喜さんは時代への憤りを口にし吐き捨てる。

そういえば小林に対する時もちょっと違うんだな。大事に思うが故に少し遠慮する相手である秋ちゃんと中さん。一方小林秀雄や同級生たちに対する時は、素の、誠実で真面目で熱い学問の徒・喜弘さん。

中さんが亡くなる。泥酔の喜さん。中さんは精神病院に入れられていて、手紙が届かなくて。そんなに辛かったのを知らなかった知らなかったと嘆き、何故中さんはあんなに悲しい悲しいっていっていたんですかと小林に問う。小林に認めてほしかった中さん。なぜなにが悲しいのか解らなかった喜さん。小林「かなしんだ、んじゃないかな」。床に寝転びぼろぼろに泣き続けるその絞り出すような声。愛したものを途中で手放してしまった挙げ句なくしてしまった。あの泣き声。

 

書きたいことがいっぱいあるんだけど、今日のところはここまでにしておいて、最後のシーン。ここだけは書いておかなくては寝られない。

 

東京山の手の空襲。焼夷弾が落ちる。

29日に見た時は1階後方で、一瞬会場が赤くなった。前に落ちたと思った。7日は、イメージとしては、後ろに落ちた。白光。

身じろぎできなかった。どこも見ることが出来なかった。まるっきりその場にいるような気持ちになった。

グローブ座は新宿区にある。不発弾がこの間見つかった。 「戦前華やかだった新宿駅周辺、四谷、神楽坂、高田馬場も焼野原となり、本区の大部分の地域が焼失してしまいました。」 http://www.city.shinjuku.lg.jp/foreign/japanese/aramashi/rekishi/rekishi.html

 

ぼろぼろの国民服を着ている喜さんの前に中也が現れ、フレンドにいこう、という。フレンド…と、喜さんが、フレンドの方を見る。フレンドへ向かう。

この時の表情。少し見開いた目、凍り付いた表情はほとんど無表情といっていいほどだった。茫然としているのでもなく、悲しいのでもなく、フレンドを見て、喜ぶのでもなく。

炎に包まれているフレンドに、おそらくは彼の頭の中でのフレンドであるそこに行き、周りのひとたちを確認するまでずっとその顔だった。

大好きな中さんとの夢の中の再開でいつものひとたち全員がいるフレンドでサーカスを全員で口にする炎の中。

 

もう、たまらなくて、どうにも抑えられなかった。

 

赤い緞帳。 中さんが去る。中さん、中さん!!!呼ぶ、懇願するように。切なく。

中さんが去り炎が去り、秋ちゃんとの再会。

秋ちゃんの背中の荷物をおろす。私がこの日より前に見た時は、その荷物をやさしくそっと降ろしてあげながら、その荷物と秋ちゃんの方を労るように見ていた。

でもこの日は荷物を降ろしてあげながら、首を少しまわして、まわりを見ていた。前(観客の方)を、それからその視線を右に移し、少し後ろ(セット)を見て、茫然とした。彼は周りの瓦礫を見ていた。そういう目だった。なんですかこれ。もう。これ以上見ていられないよ。

そこから秋ちゃんをぎゅっと、生きている者に会った、喜びとかもうそういうレベルではないすがるような気持ちで抱きしめる。

終演。

 

どうしようもなかったです。揺さぶられるなんてもんじゃなくて、わんわんなきたかった。 終演後、秋ちゃんをどう立たせているかなんて全く見られなかったです。みんなスタンディングオベーションしてるからワタシも立たなくちゃって立ってよろけてしまった、危なかった。ボロボロでした。 客電ついてからも立ち上がれなくて。

観劇の翌日、仕事で移動中に新宿区内某所で年末の第九のポスターの横を通ったんです。あ、第九だ、と見た次の瞬間、炎の中でがれきになるフレンドの映像とともに歓喜の歌が頭の中に流れてどうしようかと思ったよ。